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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和33年(ワ)60号 判決

原告 国

訴訟代理人 大久保敏雄 外三名

被告 橘芳太郎

主文

訴外東谷与兵衛が昭和三十年六月末頃別紙目録記載の(三)の建物につき被告との間になした譲渡は金百二十四万三千四百十円の限度で取消す。

被告は原告に対し金百二十四万三千四百十円及びこれに対する昭和三十三年二月十九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、主文第二第三項と同旨及び訴外東谷与兵衛が昭和三十年六月末頃別紙目録記載の不動産につき被告との間になした譲渡(又は同年一月頃右不動産につき被告との間になした担保のための譲渡)は金百二十四万三千四百十円の限度で取消す。との判決を求め、請求の原因として、訴外東谷与兵衛は原告に対し昭和三十年五月十六日現在別表第一記載のとおり昭和二十九年度分所得税及び再評価税並びにこれ等に対する加算税、利子税、延滞加算税合計金百三十八万六千九十四円を、昭和三十二年十一月三十日現在別表第二記載のとおり昭和二十九年度分所得税並びにそれに対する加算税、利子税、延滞加算税合計金百五十六万八千二百八十円の国税債務を負担している。

そこで、原告(東税務署長)は昭和三十年六月四日別表第一記載の(イ)の昭和二十九年度分再評価税本税額金十二万四千三百九十円並びにこれに対する利子税、延滞加算税の滞納処分として右訴外人所有の別紙目録記載の(一)(二)の宅地を差押え、この旨登記手続を経由した。然るに右訴外人は同年六月末頃税金による差押を免れるため故意に別紙目録記載の不動産を被告に譲渡し、同記載の(一)(二)の宅地については同年七月六日その原因を同年五月十六日付売買として、同記載の(三)の建物については同年七月一日その原因を同年六月二十九日付売買として所有権移転登記手続を経由し、被告は別表第一記載の(イ)(ロ)の滞納税金を右訴外人に代つて原告(東税務署長)に納付して、同年十一月八日前記差押を解除させ、同月十五日前記差押登記を抹消した上、同年十二月十五日別紙目録記載の不動産を訴外清水数雄に売渡し、同日その旨の登記手続を経由した。そこで原告は国税徴収法第十五条に基き、訴外東谷与兵衛と被告との間の前記譲渡を前記詐害行為当時の国税債権額(ただし納付済の分を除く。)金百二十四万三千四百十円の限度で取消し、右不動産はいずれも既に訴外清水数雄に売渡されているので、物件の取戻に代え、右国税相当額の金員の賠償及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十三年二月十九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、

被告の主張事実の中、被告と右訴外人とが別家本家の関係にあること並びに被告が昭和三十年五月、六月頃当時右訴外人に対し貸金債権を有していたことは認めるが、その余の事実は争う。仮に、被告主張の如く昭和三十年一月頃右訴外人と被告との間に別紙目録記載の不動産につき担保設定契約がなされたものであるとしても、右担保のための譲渡も亦債権者を害することを知り乍ら行われたものであるから、原告は予備的にその取消並びに前記国税相当額の金員の賠償及び遅延損害金の支払を求める。と述べ、

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として原告の主張事実の中、訴外東谷与兵衛が原告に対し別表第一第二記載のとおり国税債務を負担していること並びに右訴外人が別紙目録記載の不動産を被告に譲渡した日及び理由を除き、その余の事実はすべて認める。

被告と右訴外人とは別家本家の関係にあるので、昭和二十七年六月頃被告は右訴外人に対し金三十万円を返済期日の定めなく十日前の予告で返済を受ける約で貸付け、その後屡同様の約旨で貸付け、昭和三十年六月頃債権額が金百四十万円に達したものであるところ、右訴外人は昭和三十年頃債権額が金百万円を超過した際、被告に対し別紙目録記載の不動産の権利証、印鑑証明及び委任状を交付して右不動産を前記債務の担保に提供し、同年六月下旬被告に対し右担保物件を被告の名義に書換え他に処分して得た売得金をもつて被告に対する債務弁済に充てると共に残金の返還を受けたいと申出たので、被告はこれを了承して原告主張のとおり右不動産につき所有権移転登記手続を経由した上、訴外清水数雄に右不動産を代金百八十五万円で売却し、右代金の中から被告の債権額金百四十万円及び諸立替金(登記費用税金立替金等)金十五万円を差引いた残額金三十万円を訴外東谷与兵衛に返還し、ここに被告と右訴外人との間の債権債務関係は消滅したものである。以上の如く、被告は右訴外人に対する債権を確保するために右不動産につき所謂清算的譲渡担保の設定を受けたもので正当な権利行使であるから詐害行為とはならないものである。仮に、右訴外人が滞納税金による差押を免れるため故意に前記不動産を譲渡したものであるとしても、譲受人である被告は当時その情を全く知らなかつたものである。従つて原告の請求は失当であるから棄却されるべきであると述べた。

立証〈省略〉

理由

成立に争いのない甲第一号証の一乃至三によると、訴外東谷与兵衛は原告に対し昭和三十年五月十六日現在別表第一記載のとおり金百三十八万六千九十四円の、昭和三十二年十一月三十日現在別表第二記載のとおり金百五十六万八千二百八十円の国税債務を負担している事実を肯認することができる。

次に、右訴外人がその所有の別紙目録記載の不動産を被告に譲渡し、同記載の(一)(二)の宅地については同年七月六日その原因を同年五月十六日付売買として、同記載の(三)の建物については同年七月一日その原因を同年六月二十九日付売買として所有権移転登記手続を経由したことは当事者間に争いがないところであり、証人東谷与兵衛の証言(第一第二回)により真正に成立したものと認められる甲第四号証、成立に争いのない同第二号証の一乃至三第五第六第八号証並びに証人東谷与兵衛の証言(第一第二回)によると、訴外東谷与兵衛は昭和二十九年一月頃同訴外人所有の大阪市東区淡路町にある土地建物を訴外アヤハ商事株式会社に売却し、昭和三十年三月十五日頃東税務署に対し右売却に関する再評価税及び譲渡所得税の申告をして相当額の税金が課せられることは熟知していたこと、並びに右訴外人はその主宰する訴外大阪粉末薬品株式会社の経営に失敗し、個人としても多額の債務を負担し債権者の追及を受けていたところ、その追及を免れるため同年六月末頃被告に対し当時唯一の財産であつた別紙目録記載の不動産を被告の所有名義に変更し後日よい値段で売却して被告に対する債務を弁済しその残金を更生資金にしたい旨申出たので、被告はこれを了承して前記のとおり右不動産につき所有権移転登記手続を経由してこれをその所有名義に変更したものであることが認められる。(右認定に反する証人吉田藤七同橋本義一の各証言被告本人尋問の結果は信用することができず、乙第三乃至第六号証は甲第六第八号証に照して信用することができない。)然し乍ら、原告(東税務署長)が前記譲渡前である昭和三十年六月四日別表第一記載の(イ)の昭和二十九年度分再評価税本税額金十二万四千三百九十円及びこれに対する利子税、延滞加算税の滞納処分として右訴外人所有の別紙目録記載の(一)(二)の宅地を差押えこの旨登記手続を経由したことは当事者間に争いがないところであつて、前記譲渡当時右宅地については既に原告の差押がなされていたものであるので、右譲渡によつて原告の差押を免れることは実際上不可能なことというべく、通例滞納者はかような財産については税金による差押を免れる意思を有しないものと推認するのが相当であるから、右訴外人は昭和三十年六月末頃税金による差押を免れるため故意に別紙目録記載の(三)の建物を被告に譲渡したものであると認めるべきであるけれども、同記載の(一)(二)の宅地については右訴外人において譲渡の当時右差押を免れる意思を有していなかつたものであるといわなければならない。(尤も、国税の滞納者において、現在ある税金によつて差押を受けている財産につき、その税金のみの納付によつて右差押が確実に解除されることを予知し、かつ他の税金につき滞納があることを知り乍ら、右財産を他人に譲渡した場合、後日前者の税金のみの納付によつて差押が解除されれば、結局後者の税金による差押を免れたことに帰するから、右のような財産の譲渡については、滞納者においてその差押の原因となつた税金以外の税金による差押を免れる意思を有していたものと認むべき余地は存するけれども、証人東谷与兵衛の証言(第二回)によると、訴外東谷与兵衛は本件不動産を被告に譲渡した後税務署から前記譲渡所得税については何等の通知がなかつたので、前記再評価税のみの納付によつて別紙目録記載の(一)(二)の宅地の差押が解除され前記譲渡所得税による差押を免れ得ることを予知したことが窺われるに止まり、前記譲渡の当時右訴外人において右の如き予知をなしたものであることを認めるに足る証拠は存しない。)

進んで、被告は本件不動産の譲受に際し右訴外人が滞納税金による差押を免れるため故意にこれを譲渡したものであるとの情は知らなかつた旨主張するのでこの点について考えるに、証人吉田藤七は訴外東谷与兵衛に国税の滞納があつたことを知らない旨、被告本人は右譲受当時右訴外人に国税の滞納があつた事実は絶対に聞いていない旨供述するが、右各供述は成立に争いのない甲第四第八号証並びに証人東谷与兵衛の証言(第一回、第二回の一部)に照して容易に信用することができず、却つて、前段認定のとおり被告は右訴外人の請託を受けて前記不動産をその所有名義に変更したものであり、又右各証拠によると右訴外人は昭和二十九年一月頃前記大阪市東区淡路町にある土地建物を売却したことを被告に告げたところ、被告は右訴外人に対し「相当税金がかかるから税務署へ此方から早く行つて相談した方が有利である。不動産の再評価税を高くすると税金が安くなる。」と教示し、右不動産の売却によつて右訴外人に再評価税及び譲渡所得税がかかることは十分承知していたこと、並びに右訴外人の経済状況が逼迫し税金完納の資力のないことを熟知していたことが認められるから、被告の右主張は採用することができない。

そして、別紙目録記載の(三)の建物の前記譲渡当時の昭和三十年六月末頃の価格は監定人橋本徳平鑑定の結果によると金百三十万円を下らないものであることが認められる(右認定に反する乙第三第五第六号証証人吉田藤七同井上四郎の各証言並びに被告本人尋問の結果は信用することができない。)から、右訴外人が建物につき被告との間になした譲渡は、詐害行為として、その当時における原告主張の国税債権額金百二十四万三千四百十円の限度で取消を免れず、右建物が既に訴外清水数雄に売渡されていることは当事者間に争いがない以上被告は右物件の返還に代え、原告に対し右国税債権相当額の金員の賠償及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和三十三年二月十九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あり、原告の請求は正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(なお原告主張の国税債権額金百二十四万三千四百十円の限度による詐害行為取消権の行使は別紙目録記載の不動産の全部については認容されなかつたけれども、同記載の(三)の建物についてその全額認容され、原告の本訴請求は結局全部認容されたことに帰し、原告はこの判決に対し不服申立の利益を有しないものというべきであるから、原告の請求の一部棄却の言渡をしない。)

(裁判官 仲西二郎)

目緑および別表第一、第二〈省略〉

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